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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)173号 判決 1996年12月11日

東京都千代田区霞が関三丁目2番5号

原告

三井・デュポンポリケミカル株式会社

代表者代表取締役

堀内健

訴訟代理人弁理士

山口和

大阪市北区堂島浜2丁目2番8号

被告

東洋紡績株式会社

代表者代表取締役

柴田稔

訴訟代理人弁理士

安達光雄

安達智

風早信昭

主文

特許庁が、平成5年審判第1185号事件について、平成5年8月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「食品容器用積層ポリエステルフィルム」とする特許第1640966号発明(以下「本件発明」又は「本件特許発明」という。)の特許権者である。

本件発明は、昭和58年8月31日に特許出願され(特願昭58-160973号)、平成元年6月29日出願公告され(特公平1-32068号)、平成4年2月18日に設定の登録がされたものである。

原告は、平成5年1月12日、本件発明につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第1185号事件として審理したうえ、平成5年8月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月22日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

フィルム密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であるポリエステルフィルムと、上記ポリエステルフィルムの片面に積層したtanδが0.05以上の柔軟な高分子材料と、さらにその面に積層した難気体透過性材料とからなる積層フィルムであって、積層フィルムの乾燥状態での20℃の酸素透過量が30cc/m2・24時・気圧以下であり、かつ前記ポリエステルフィルムをヒートシールした時のシール強度が1000g/15mm(20℃)以上であることを特徴とする食品容器用積層ポリエステルフィルム。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、原告が主張する理由並びに提出した証拠である特開昭55-38126号公報(審決甲第1号証、以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、特開昭56-120347号公報(同甲第2号証、以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)、特開昭55-166247号公報(同甲第3号証、以下「引用例3」といい、その発明を「引用例発明3」という。)、実験証明書(同甲第4号証、以下「引用例4」という。)及び「フードパッヶージング1988-12月号37~44頁」

(同甲第5号証、以下「引用例5」という。)によっては、本件特許発明を無効とすることはできない、とした。

なお、以下、審決の記載を引用する場合、審決甲第1~第3号証を引用例1~3と読み代えて表記する。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨及び引用例1~5の記載事項の認定は認めるが、本件発明と引用例発明1~3との対比判断は争う。

審決は、本件発明と引用例発明1~3との対比判断において、一致点、相違点の認定、判断を誤り(取消事由1、2)、その結果、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(積層フィルムの内層の構成についての一致点、相違点の認定、判断の誤り)

審決は、本件発明の積層フィルムの内層の構成について、「本件特許発明と、引用例1~3に記載された発明とを対比すると、引用例1~3には、本願発明の必須の構成要件であるフィルム密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であるポリエステルフィルムについて記載されていない」(審決書9頁6~11行)としたうえ、「引用例1、2に実施例等として具体的に記載されたポリエステルフィルムが、このような条件を満足するものと認めるべき理由はなにもないことを考慮すれば、請求人の主張は、引用例1、2に記載されたポリエステルフィルムが、単にこのような条件を満足する可能性があるというに過ぎないものであり、採用することはできない。」(同10頁4~11行)とした。

確かに、本件発明においては、内層として使用されているポリエステルフィルムの密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であることが特定されているのに対し、引用例1~3(甲第1~第3号証)に記載されたポリエステルフィルムには、フィルム密度及びフィルム面方向の屈折率の最大値について、このような具体的な数値の記載はない。

しかし、本件発明で特定しているこのような物性が、単にポリエチレンテレフタレートあるいは共重合ポリエステル未延伸フィルムの通常の物性を表しているにすぎないことは、以下の本件明細書の記載及び特許庁における審査において被告の提出した意見書の記載から明らかである。

本件明細書(甲第7、第8号証)には、「フイルムの密度および屈折率の最大値は、フイルムを加熱して結晶化したり、延伸したりすることによって増加される。ポリエステルをダイから溶融押出して直ちに急冷した実質的に非晶質、無配向の透明なポリエチレンテレフタレートフイルムでは、密度が1.336g/cm3、フイルム面内屈折率の最大値が1.576であり、またエチレンイソフタレート成分を40モル%以下含んだポリエチレンテレフタレート・エチレンイソフタレート共重合体フイルムでは、密度は1.333~1.335g/cm3、フイルム面内屈折率の最大値は1.573であり、ポリエチレンイソフタレートフイルムでは、密度は1.325g/cm3、屈折率の最大値は1.571である。これに対して通常に使用される延伸されたポリエチレンテレフタレートフイルム(東洋紡績株式会社製、包装用フイルム)の密度およびフイルム面内屈折率は、それぞれ1.4018g/cm3および1.6684である。」(甲第7号証4欄22~39行)と記載されている。

そして、同明細書にはまた、「上記ポリエステルフイルムの密度および屈折率の最大値は、ポリエステルフイルムのヒートシール強度に相関するもので、上記数値の範囲内、すなわち非晶質で未配向の方がポリエステルフイルムのヒートシール強度が大きくなり、通常に使用される延伸フイルムでは、密度および屈折率が上記数値範囲を超えて大きくなり」(同号証4欄40行~5欄2行)と記載されていることから明らかなように、非晶質、未配向のポリエステルフィルムは密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であることが明記されている。

さらに、被告(出願人)は、特許庁審査官に対する平成元年1月27付け意見書(甲第11号証)においても、拒絶引用例(引用例1)との相違点を明らかにするために、本件発明のポリエステルフィルムは非晶質、無配向のフィルムすなわち未延伸のフィルムであることを繰り返し主張している(同号証4頁9~15行及び5頁下から2行~6頁3行)。

すなわち、フィルム密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であるとの特定は、単に未延伸ポリエステルフィルムを別の表現で言い換えただけのものであり、本件発明のポリエステルフィルム=未延伸ポリエステルフィルというのが、出願人の一貫した認識であることは疑いの余地がない。

このことは、本件発明の出願前の文献によって、一層裏付けられている。すなわち、「押出成形」(甲第12号証)及び特開昭58-145418号公報(甲第13号証)によれば、一般のポリエステル未延伸フィルムは溶融押出後急冷して製造されるものであって、このように溶融状態から急冷することにより得られたポリエステル未延伸フィルムは、本件明細書の上記記載(甲第7号証4欄24~35行)が示すように、非晶質で本件発明の所定の物性を備えている。

次に、未延伸ポリエステルフィルムが、本件発明でいう密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下という物性範囲内にあることは、「JOURNAL OF POLYMER SCIENCE」所収の論文「UNI-AND BIAXIAL ORIENTATION OF POLYMER FILMS AND SHEETS」(甲第14号証)及び「工業材料」1975年12月号所収の論文「二軸延伸フィルム-ポリエステル-」(甲第15号証)によって明らかである。すなわち、前者の論文によれば、延伸の結果、上記密度を超えるためには4倍以上の、上記屈折率を超えるためには1.5倍以上の延伸がそれぞれ必要であり、また、後者の論文によれば、延伸の結果上記屈折率を超えるためには、1.9倍以上の延伸が必要であり、このように上記物性値を外すためには相当高倍率の延伸を行わないと得られないのであり、実際には、未延伸フィルムでこの範囲を超えるものは全くないといってよいのである。換言すれば、本件発明でいう密度及び屈折率の規定は、未延伸フィルムのすべてを包含し、さらに低延伸度の延伸フィルムをも含みうる範囲を示したものである。

一方、引用例1~3の積層体の内層として開示されたポリエステルフィルムは、いずれも未延伸ポリエステルフィルムであって、加熱結晶化や延伸処理を施していないものが使用されているから、本件発明のポリエステルフィルムに包含されることは疑いの余地がない。

結局、引用例1~3に記載されたポリエステルフィルムは、本件発明のポリエステルフィルムと同一のものであるから、引用例1~3には、フィルム密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であるポリエステルフィルムが実質的に開示されているものである。

したがって、審決の上記認定、判断は誤りである。

2  取消事由2(積層フィルムの用途、ヒートシール強度、中間層の構成についての一致点、相違点の認定、判断の誤り)

審決は、「引用例1に記載された発明は、輸液、輸血用袋である点、ポリエステルフィルムのヒートシール強度について記載されていない点で、引用例2に記載された発明は、中間層が接着層である点、ポリエステルフィルムのヒートシール強度について記載されていない点でも相違しており、本願発明を具体的に示唆する記載はない」(審決書9頁11~18行)としている。

(1)  積層フィルムの用途について

確かに、引用例発明1は、輸液、輸血用袋であり、本件発明の食品包装用フィルムと用途が異なるものであるが、引用例1記載の積層フィルムを、要求特性の近似している食品包装用に転用することは、以下に述べるとおり、当業者にとって容易になしうることであるので、単なる用途の相違でもって本件発明を具体的に示唆する記載はないとした審決の認定、判断は誤りである。

ポリエステルフィルムが食品包装用に使用されることは厚生省告示に国の規格として定められている(甲第21号証)ように周知であった。また、未延伸ポリエステルフィルムを内層とし、これに柔軟性材料と難気性透過性材料を積層した積層フィルムを食品包装用として使用することは、引用例2、3及び特開昭54-102381号公報(甲第17号証)等によって広く知られていたのであるから、衛生的で医薬用途に使用でき、しかもヒートシール性に優れていることが分かっていた引用例1の多層フィルムを、同じく衛生性が要求される食品包装用として、しかもヒートシール性良好な包装フィルムとして使用してみることは、当業者にとってきわめて容易なことである。とくに、本件発明の効果として明細書に記載されているヒートシール性、耐ピンホール性、耐屈曲疲労性、保香性、気体遮断性のうち、前三者については一般の包装材料共通の要求特性であり、また保香性についてはポリエステル包装材料が有する周知の特性であり、さらに気体遮断性については、特許庁公報53-219〔2568〕「周知・慣用技術集」(甲第25号証)によれば、ガスバリアー性フィルムを積層すればガスバリアー性複合フィルムが得られることは周知慣用技術とされているのであるから、引用例1の多層フィルムを食品包装用に転用したときの予想外の効果といえるものは何一つないのである。

したがって、食品包装用途の記載がないことのみで引用例1は本件発明を示唆していないとした審決の判断は誤りである。

(2)  積層フィルムのヒートシール強度について

引用例1、2に記載されたポリエステルフィルムには、本件発明でいうヒートシール強度の具体的な数値は示されていないが、実質的に1000g/15mm以上のヒートシール強度を示すものが記載されていることが明らかであるから、ヒートシール強度の数値の記載がないことをもって引用例1、2に記載されたポリエステルフィルムと相違するものであるとした審決の判断は誤りである。

本件明細書には、「ヒートシール強度が1000g/15mm未満のときは、食品を充填した食品容器を運搬するときに、振動や衝撃が加わるとヒートシール部が開き、食品が外にこぼれたり、また開口部から細菌が侵入したりすることがある。」(甲第7号証5欄6~10行)との記載があるのみであり、この程度のヒートシール強度は内容物を充填して使用するための最低限の強度で、食品包装用積層フィルムならば当然もっていなければならない物性であり、特許性に寄与するような特別な値とは考えられない。

これに対し、引用例1の積層フィルムの内層には本件発明と同一のポリエステルフィルムが使用されており、しかも、ヒートシールが優れていることが記載されているうえ、実施例3で得られた積層フィルムは、液を充填シールした袋を-80℃で3時間凍結させ30cmの高さからコンクリート面に落下させてテストしており、ヒートシール強度が1000g/15mmを超えていることは疑いの余地がない。

また、引用例2の多層プラスチック構造物の構成は本件発明と同一であるから、当然に同じ効果を奏するものであり、1000g/15mm以上のヒートシール強度を有するものであることは確実である。

さらに、引用例3の実施例1及び2によれば、20μの未延伸ポリエチレンテレフタレート及び共重合ポリエステルをそれぞれ延伸ポリエチレンテレフタレートに積層した積層フィルムのヒートシール強度がいずれも2.0Kg/15mm以上のヒートシール強度を与えうる材料であることは明らかであるから、同じく未延伸ポリエチレンテレフタレートを内層とする引用例1、2号証の積層フィルムが1000g/15mm以上のヒートシール強度を有するものであることは明らかである。

(3)  積層フィルムの中間層の構成について

引用例2の中間層は接着層であるが、本件発明の中間層との構成上の差は全くない。したがって、単に表現上の相違のみをとらえて相違するとした審決の判断は誤りである。

引用例2に中間層としてtanδ≧0.05の柔軟な高分子材料であるハイミラン1650やハイミラン1601が使用されており、その構成は本件発明の構成と全く変わらない。また、その中間層の厚み及び積層方法も本件発明と同一である。したがって、この中間層を設けたことによって本件発明と同一の効果が得られているのである。

さらに、本件発明の中間層は「tanδが0.05以上の柔軟な高分子材料」と規定されているのみであって、特に「接着層」を除外していない。引用例2に記載された発明は中間層が接着層である点で本件発明とは相違するとした審決は、この点でも判断を誤っている。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

本件発明の積層フィルムの内層に使用するポリエステルフィルムは、フィルム密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であることを必須の要件とするものである。ポリエステルフィルムのフィルム密度及び屈折率の最大値は、フィルムのヒートシール強度に相関するもので、上記数値の範囲内であれば食品容器としてのヒートシール強度を満足するが、上記数値範囲を超えて大きくなるとフィルムの強度が向上する反面、ヒートシール強度が低下するものである。

ところで、上記フィルム密度及び屈折率の最大値は、一般にフィルムを加熱して結晶化したり、延伸したりすることによって増加されるが、ここで注目すべきは、その要因は延伸、未延伸を含むフィルムの製法の如何、ポリマーの組成、ポリマーの分子量、フィルムに添加される添加剤等の多岐にわたっており(乙第1~第3号証)、あるポリエステルフィルムのフィルム密度及び屈折率を知るためには、これらの多くの要因をすべて認識したうえで判断するか、又は実際に上記物性値を測定するしか他に方法はないのである。

したがって、ポリエステルフィルムが未延伸であるからといって、それが本件発明で規定した上記物性値を満足すると一義的に決めつけることはできない。

原告主張にかかる本件明細書及び被告の意見書の記載は、本件発明で規定する物性値(密度及び屈折率)を有するポリエステルフィルムの典型例について説明したものにすぎず、かかる物性を具備するポリエステルフィルムと未延伸ポリエステルフィルムが同一物であると述べたものではない。

すなわち、未延伸ポリエステルフィルムの製造では、溶融押出後結晶化させないためにキャスティングドラム上で冷却するが、その冷却が十分でないと結晶化し、本件発明のような物性値を有するものが得られないことがある。つまり、未延伸ポリエステルフィルムといえども、ダイから溶融押出後、結晶化をおこさせず本件発明のような物性値となるような急冷固化操作(本件発明では25℃のキャスティングドラム上に急冷固化させ、第3表で示す密度、屈折率を有するポリエステルフィルムがえられている。)を行わない場合には、結晶化がおこり、フィルム密度が1.355g/cm3を超えることがある。

したがって、引用例1における未延伸ポリエステルフィルが必然的にフィルム密度1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下の物性値を有するとはいえない。

一方、引用例2にも、内層に用いられるポリエステル層が本件発明のような特定の物性値を有するとの記載は勿論のこと、かかる特定の物性値を有するポリエステルフィルムを使用する必要性を示唆する記載もない。

また、引用例2の実施例1~9は内層を形成するためのポリエチレンテレフタレートとして固有粘度〔η〕=0.72のものを使い、溶融押出して複合体パリソンをつくりダイの中央部から空気を吹き込んで円筒状容器を製造することが記載されている。

しかし、この程度の固有粘度をもつポリエチレンテレフタレートでは、いわゆるダイレクトブロー成形は実施不可能であって、インジェクションブロー成形でしか食品容器がつくられない(乙第4号証45頁表1参照)。このインジェクションブロー成形においては、溶融押出したパリソンの底部を挟んで下方に引っ張って長さ方向に延伸して金型を閉じるものであるから、引用例2の場合、内層のポリエチレンテレフタレートは長さ方向に延伸されていると解釈するほかなく、ポリエステル層(内層)が必然的にフィルム密度1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下の物性値を有するとはいえない。

2  取消事由2について

(1)  積層フィルムの用途について

本件発明は、特定の構成を備えた内層、中間層、外層の3層を一体的に組み合わせたフィルム構成を採用することにより、特有の作用効果を有する食品容器用フィルムを提供するものである。

したがって、引用例1の輸液、輸血用袋と本件発明の食品容器用フィルムとでは、用途は勿論のこと、それぞれについて解決すべき課題(耐極低温性と、酸化防止、保香性)や作用効果も相互に相違し、技術分野を異にするものであり、一方から他方が容易に想到しうるという性質のものではない。

また、引用例1を精査しても、輸液、輸血用袋の食品容器への転用を示唆する記載もない。

したがって、審決の判断に誤りはない。

(2)  積層フィルムのヒートシール強度について

引用例1、2には、ポリエステルフィルムのヒートシール強度について、例えば数値を挙げる等の具体的記載がないのは事実であるし、また、引用例1、2のフィルムの構成が本件発明と同じとはいえないのであるから、当業者にとっては、そのヒートシール強度は不明である。

また、引用例1は、中間層にガスの透過遮断性(ガスバリヤ性)を有するフィルムを用いることを記載しており、具体例としてポリ塩化ビニリデンを記載しているが、ポリ塩化ビニリデンフィルムをガスバリヤー性フィルムとして用いるには、そのフィルムは緻密な構造になっている必要がある。しかし、ポリ塩化ビニリデンは結晶化すると剛直でもろい(柔軟でない)ものになってしまうため、当然のことながらそのtanδは0.05より小さくなる。

しかして、本件発明は、特定の柔軟な高分子材料との協同のもとにポリエステルヲィルムについて高いヒートシール強度が得られるのであるから、かかる中間層とは全く異なる中間層を用いる引用例1にかかるヒートシール強度が示されていないのは当然である。

一方、引用例2は、3層構成からなる多層プラスチック構造物を記載しており、その構造物の具体的使用形態としてビン、缶、ボトル、チューブ等を記載している。これらのものはいずれも開口部分を設けたもので内層と内層をヒートシールする密封タイプの食品容器ではない。

したがって、引用例2は、本件発明のようなポリエステルフィルム同士をヒートシールするヒートシール強度を記載しているものとはいえない。

したがって、審決の判断に誤りはない。

(3)  積層フイルムの中間層について

本件発明においては、中間層として用いる柔軟な高分子材料はtanδが0.05以上のものからなることを必須不可欠とするものである。

これに対し、引用例2の中間層の機能は外層と内層の剥離を防止するために両者を接着させるにすぎないものであり、内層のポリエステルフィルムと一体化して内層の特性を改良しようとするものではない。

また、引用例2には接着層材料として多数あげられているものの、接着層材料として特に好ましいものであるとしてあげられている共重合ポリアミド、共重合ポリエステルはいずれもそのtan δが0.05未満(乙第7号証、実験証明書)である。

これは引用例2における接着層は、前記のような本件発明の中間層とその機能、使用目的が異なるものであるうえ、引用例2で推奨されている接着層材料も本件発明の中間層とはむしろ逆のものであることを示すものであり、tan δが0.05以上の変性ポリエチレン(ハイミラン)がたまたま記載されていたとしても、それをもって本件発明の中間層と等しいとはいえない。

したがって、審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(積層フィルムの内層の構成についての一致点、相違点の認定、判断の誤り)について

(1)本件明細書(甲第7、第8号証)には、「この発明においては、ポリエステルフイルムの密度は1.355g/cm3以下、フイルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であることが重要である。フイルムの密度および屈折率の最大値は、フイルムを加熱して結晶化したり、延伸したりすることによつて増加される。ポリエステルをダイから溶融押出して直ちに急冷した実質的に非晶質、無配向の透明なポリエチレンテレフタレートフイルムでは、密度が1.336g/cm3、フイルム面内屈折率の最大値が1.576であり、またエチレンイソフタレート成分を40モル%以下含んだポリエチレンテレフタレート・エチレンイソフタレート共重合体フイルムでは、密度は1.333~1.335g/cm3、フイルム面内屈折率の最大値は1.573であり、ポリエチレンイソフタレートフイルムでは、密度は1.325g/cm3、屈折率の最大値は1.571である。」(甲第7号証4欄19~35行)と記載され、これに続いて、「これに対して通常に使用される延伸されたポリエチレンテレフタレートフイルム(東洋紡績株式会社製、包装用フイルム)の密度およびフイルム面内屈折率は、それぞれ1.4018g/cm3および1.6684である。」(同4欄35~39行)と記載され、さらに、「上記ポリエステルフイルムの密度および屈折率の最大値は、ポリエステルフイルムのヒートシール強度に相関するもので、上記数値の範囲内、すなわち非晶質で未配向の方がポリエステルフイルムのヒートシール強度が大きくなり、通常に使用される延伸フイルムでは、密度および屈折率が上記数値範囲を超えて大きくなり、フイルムの強度が向上する反面、ヒートシール強度が低下する。」(同4欄40行~5欄3行)と記載されている。

これらの記載及び本件明細書中の実施例1(甲第7号証9欄13~31行、甲第8号証第3表)、同2(甲第7号証11欄26行~12欄31行、第4表)の記載によれば、ダイから溶融押出して直ちに急冷した実質的に非晶質(すなわち、結晶化されていない)、無配向(すなわち、未延伸)のポリエステルフィルムの密度とフィルム面内屈折率の最大値は、いずれも本件発明の「密度は1.355g/cm3以下、フィルムの面方向の屈折率の最大値が1.590以下」という要件を満たすものであるのに対し、この密度とフィルム面内屈折率は、結晶化や延伸によって増加されるものであって、通常使用されている延伸されたポリエステルフィルムは、密度と屈折率が本件発明における内層のポリエステルフィルムの物性値の範囲を超え、その要件を満たさないものであることが認められる。

(2)  被告は、あるポリエステルフィルムのフィルム密度及び屈折率を知るためには、延伸、未延伸を含むフィルムの製法の如何、ポリマーの組成、ポリマーの分子量、フィルムに添加される添加剤等の多くの要因をすべて認識したうえで判断するか、又は実際に上記物性値を測定するしか他に方法はないのであって、ポリエステルフィルムが未延伸であるからといって、それが本件発明で規定した上記物性値を満足すると一義的に決めつけることはできない旨主張する。

しかし、この主張は、上記本件明細書の記載に反し、また、本件発明の審査過程において、被告が提出した平成元年1月27日付け意見書(甲第11号証)において、本件発明のポリエステルフィルムと引例1とされた特開昭56-60248号公報記載の発明のポリエステルフィルムとを比較して、「本願発明A要件の積層フィルムは、密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であるポリエステルフィルムをベースにしています。このフィルムは、本願明細書第6頁11~20行目に記載されているように、非晶質、無配向のフィルム、換言すれば未延伸のフィルムです。これに対して、引例1のポリエステルフィルムは、・・・二軸延伸フィルムであって高い機械的強度の維持を目的としており、本願発明のポリエステルフィルムとは密度およびフィルム面方向屈折率その他の物性が明らかに異なります。延伸ポリエステルフィルムの密度および屈折率は、本願明細書第7頁6行目に記載されているように、・・・本願発明のポリエステルフィルムに比べて高い水準にあります。」(同号証4頁9行~5頁9行)と述べていることにも一致しないものと認められ、採用できない。

この点をさらに検討すると、村上健吉監修「押出成形」(甲第12号証154頁の記載)、特開昭58-145418号公報(甲第13号証)及び日刊工業新聞社「プラスチック加工技術便覧(新版)」(甲第31号証629~630頁の記載)によれば、一般的に、ポリエステル未延伸フィルムは溶融押出後急冷して製造されるものであり、本件明細書の上記記載を考慮すれば、急冷することによって非晶質になるものと認められ、「JOURNAL OF POLYMER SCIENCE」所収の論文「UNI-AND BIAXIAL ORIENTATION OF POLYMER FILMS AND SHEETS」(甲第14号証)及び「工業材料」1975年12月号所収の論文「二軸延伸フィルムーポリエステルー」(甲第15号証)によれば、延伸の結果、上記密度及び屈折率を超えるためには相当の延伸がそれぞれ必要であることが認められるから、延伸する前のもの、すなわち一定の冷却条件の下でつくられた未延伸のものは、通常本件発明でいう、密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下という物性範囲内にあることが明らかである。

以上のとおり、押出溶融後急冷したものが本件物性を有することは本件明細書から明らかであるし、未延伸のものは、通常急冷して製造されているといえるのであるから、未延伸ポリエステルフィルムが必然的に本件物性を満たすというのは正確ではないとしても、未延伸ポリエステルフィルムは、通常本件物性を満たすものということができる。

したがって、本件発明の密度と屈折率の規定は、急冷した非晶質、未延伸ポリエステルフィルムのことを言い換えたにすぎないものと解さざるをえない。

被告が未延伸ポリエステルフィルムでも本件物性を満たさないことがあることを裏付ける趣旨で提示した各文献(乙第1~第3号証)も、上記認定を覆すものとはいえない。

すなわち、「Journal of POLYMER SCIENCE」VOL.X1953所収の論文「Crystallization of Polyethylene Terephthalate」(乙第1号証)には、フィルム密度が1.355g/cm3を超える例が示されているとはいえるが、これは、熱処理により、密度が1.355g/cm3を超えることが示されているのであって、非晶質の場合には、かえって密度が1.331g/cm3と本件発明の範囲に入ることを示していることが認められる。

高分子化学23巻258号(1966年)所収の論文「ポリエチレンテレフタレートの結晶性に与える分子量の影響」(乙第2号証)には、分子量と密度の関係が示されているが、その中では上記論文と同様に、熱処理をすることによって密度が高くなること、密度が1.355g/cm3を超えるものは約90℃以上の温度での熱処理を加えたものであること(Fig1からの目視)が示されているにすぎない。

「プラスチックスエージ」28巻(1982年)所収の論文「強化PET樹脂(その2)」(乙第3号証)には、フィルム密度が延伸以外の要因でも変化することに関する記載があるが、これに記載されたものは、核剤添加や強化ポリエチレンテレフタレート樹脂に関するものであって、いずれも本件フィルムとは関係がないというべきである。

以上のとおり、被告提示の各文献には、熱処理や添加剤により密度が1.355g/cm3以上になることがあることが示されているものの、通常の未延伸で急冷したポリエステルフィルムでは密度がむしろ1.355g/cm3以下であることが示されているのであって、これらによっては、急冷固化した非晶質、未延伸ポリエステルフィルムが通常本件発明の密度と屈折率の範囲を満たすものであるとの上記認定を覆すものではない。

また、被告は、未延伸ポリエステルフィルムの製造では溶融押出後結晶化させないためにキャスティングドラム上で冷却するが、その冷却が十分でないと結晶化し、本件発明のような物性値を有するものが得られないことがあり、未延伸ポリエステルフィルムといえどもダイから溶融押出後、結晶化をおこさせず本件発明のごとき物性値となるような急冷固化操作を行わないような場合には、結晶化がおこり、フィルム密度が1.355g/cm3を超えることがある旨主張する。

しかし、この被告の主張も、正常に冷却をコントロールし急冷固化を行ったものが、本件物性範囲を超えることを述べるものではないから、通常に急冷固化して製造した非晶質、未延伸ポリエステルフィルムが本件物性を満たすという上記認定を左右するものではない。

(3)  引用例1(甲第1号証)の特許請求の範囲には、「内層が・・・共重合ポリエステル・・・ポリエステルから選択される1種の未延伸フィルムからなり、外層が・・・、必要に応じて・・・中間層を有してなる耐熱・耐寒性及び熱封緘性を有する輸液・輸血用袋」と記載され、内層のポリエステルフィルムが未延伸であることが明記されている。

引用例2(甲第2号証)の特許請求の範囲には、「熱可塑性ポリエステル樹脂層とメタキシリレン基含有ポリアミド樹脂層との界面に熱可塑性樹脂からなる接着剤層を設けてなる多層プラスチツク構造物」と記載され、発明の詳細な説明には、「本発明による多層プラスチツク構造物は優れた耐ガス透過性・・・を有し、しかも両樹脂層の界面が強力に接着されて優れた耐剥離性を有することから、たとえ未配向構造物であつても実用に供しうる構造材料として提供することができる。」(同号証2頁左下欄9~14行)と、そのポリエステル層は未配向物でよいことが記載されている。そして、未配向物とはすなわち、未延伸物のことであるから、引用例2にも、未延伸ポリエステルフィルムが記載されているものと認められる。

引用例3(甲第3号証)の特許請求の範囲第1項には、「基材フイルムもしくはシートの少なくとも片面にポリエチレンテレフタレート・・・を・・・押出ラミネートしてなる低結晶化度ポリエステル層が設けられていることを特徴とするポリエステルコート積層フイルムもしくはシート」と記載され、実施例1及び2には、急冷ロールに接触させて急冷させることによりポリエステルコート積層フィルムを得ることができたとの記載(同号証19欄11~14行、21欄8~10行)があり、急冷することが明記されている。

したがって、引用例1~3には、物性の明記はないが、未延伸ポリエステルフィルムあるいは急冷フィルムであることが明記されているのであるから、実質的にそれらのフィルムの大部分が、本件物性を満たしているものと認められる。

(4)  以上によれば、審決が、引用例1~3には、本件積層フィルムの内層のポリエステルフィルムの物性値が記載されていない、あるいは、この物性値の条件を満足するものとは認められないことを理由として、本件発明を無効とすることはできないとした審決は、その前提において誤りというべきであり、取消しを免れない。

そして、この点を踏まえて、本件特許の有効性、特に中間層の構成の容易想到性について、さらに審理を尽くさせる必要がある。

2  よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成5年審判第1185号

審決

東京都千代田区霞が関3丁目2番5号

請求人 三井・デュポンポリケミカル 株式会社

東京都文京区本郷5-25-8 香川ビル 山口特許事務所

代理人弁理士 山口和

大阪府大阪市北区堂島浜2丁目2番8号

被請求人 東洋紡績株式会社

大阪府大阪市西区土佐堀1丁目6番20号 新栄ビル6階 安達特許事務所

代理人弁理士 安達光雄

大阪府大阪市西区土佐堀1丁目6番20号 新栄ピル6階 安逹特許事務所

代理人弁理士 安達智

上記当事者間の特許第1640966号発明「食品容器用積層ポリエステルフィルム」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

[1]本件特許第1640966号発明は、昭和58年8月31日に特願昭58-160973号として出願され、平成1年6月29日に特公平1-32068号として出願公告、平成1年9月25日に特許異議申し立てを受けて平成2年7月31日付け手続補正書によって補正された後、平成4年2月18日にその特許権の設定の登録がなされたものであるところ、平成5年1月12日に特許を無効にすることについて審判請求を受けたものである。

[2]本件特許発明の要旨

本件特許第1640966号発明(以下、単に「本件特許発明」という。)の要旨は、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「フィルム密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であるポリエステルフィルムと、上記ポリエステルフィルムの片面に積層したtanδが0.05以上の柔軟な高分子材料と、さらにその面に積層した難気体透過性材料とからなる積層フィルムであって、積層フィルムの乾燥状態での20℃の酸素透過量が30cc/m2・24時・気圧以下であり、かつ前記ポリエステルフィルムをヒーシトールした時のシール強度が1000g/15mm(20℃)以上であることを特徴とする食品容器用積層ポリエステルフィルム。」

[3]請求人の主張

請求人は次の3の理由により本件特許発明は特許法第123条第1項の規定に該当し、無効とされるべきものであると主張している。

(1) 本件特許発明は、本出願前頒布された刊行物である特開昭55-38126号公報(以下、「甲第1号証」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

(2) 本件特許発明は、本出願前頒布された刊行物である特開昭56-120347号公報(以下、「甲第2号証」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明し得たものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

(3) 本件特許発明は、上記甲第1、2号証及び本出願前頒布された刊行物である特開昭55-166247号公報(以下、「甲第3号証」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明し得たものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

そして、請求人は、甲第2号証における変性ポリエチレン「ハイミラン」のtanδが0.005以上であることを証明するために実験証明書である甲第4号証を、一般のフィルムの酸素透過度は、温度が10℃上昇すると1.8~2.9倍となることを示すために、フードパッケージング1988-12月号37~44頁(以下、「甲第5号証」という。)を提出している。

[4]被請求人の主張

これに対して、被請求人は、甲第1~3号証には本件発明の必須の構成要件が記載されておらず、示唆する記載もないから、本件発明は甲第1~3号証に記載された発明から当業者が容易に発明できるものではなく、請求人の主張はいずれも理由がないと主張している。

[5]甲第1~5号証の記載

甲第1号証には、「内層がイソフタル酸とテレフタル酸と1、4-シクロヘキサンジメタノールから誘導される共重合ポリエステル、テレフタル酸と1、4-シクロヘキサンジメタノールとシクロヘキサンジメチルカルボキシルアミドから誘導される共重合ポリエステル、テルフタール酸とポリテトラメチレンエーテルグリコールと1、4-ブタンジオールから誘導される共重合ポリエステル、テレフタル酸ジメチル又はテレフタル酸とエチレングリコール又はブチレングリコールから誘導されるポリエステルから選択される1種の未延伸フィルムからなり、外層がポリウレタン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリヘキサメチレンアジパミド、ポリメタキシリデンアジパミド、ポリカプラミド又はポリメチルペンテン-1から選択される1種でかつ内層よりも融点の高いフィルムからなり、必要に応じてポリ塩化ビニリデン、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリヘキサメチレンアジパミド、ポリメタキシリデンアジパミド又はポリブタジエンから選択される1種のフィルムからなる中間層を有してなる耐熱・耐寒性及び熱封緘性を有する輸液・輸血用袋。」に関する発明が記載され、この袋は軽量で強度が高く、取扱い中に破損、損傷がなく、かつ透明性、耐水蒸気透過性が優れていること(公報第1頁右欄第13~16行目参照)、外層フィルムの融点が内層フィルムよりも高い構成となる為、熱封緘加工はきわめて容易に行え、得られた袋はシール部の外観も良く、シール強度も強固なものが得られること(公報第3頁左上欄第12~16行目参照)も記載されている。

甲第2号証には、「熱可塑性ポリエステル樹脂層とメタキシリレン基含有ポリアミド樹脂層との界面に熱可塑性樹脂からなる接着剤層を設けてなる多層プラスチック構造物」に関する発明が記載され、この多層プラスチック構造物は優れた耐ガス透過性を有し、未配向構造物であっても実用に供しうること(公報第2頁左下欄第9~13行目参照)、この発明でいう熱可塑性ポリエステル樹脂はポリエチレンテレフタレートのような芳香族ポリエステル、該ポリエステルの構成単位を主体とした共重合ポリエステルであること(公報第2頁左下欄第18~同頁右下欄第3行目参照)、接着剤としてポリウレタン樹脂、変性ポリエチレンである「ハイミラン」「アドマー」が例示されること(公報第3頁右下欄第4~9行目及び実施例参照)、構造物としてはフィルムや、耐ガス透過性の優れた食品充填容器が例示されること(公報第4頁右下欄最下行~同第5頁左上欄第2行目及び同第6頁左下欄第7~8行目参照)、フィルムの30℃での酸素透過量が2.8~3.3cc/m2・24hr・atmであること(公報第6頁表1参照)も記載されている。

甲第3号証には、「基材フィルムもしくはシートの少なくとも片面にポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンイソフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートーイソフタレートコポリマーあるいは1、4-シクロヘキサンジメチレンテレフタレートーイソフタレートコポリマーを押出加工前の樹脂の極限粘度に対する押出加工後の極限粘度の比率を85%以上に保持して押出ラミネートしてなる低結晶化度ポリエステル層が設けられていることを特徴とするポリエステルコート積層フィルムもしくはシート。」に関する発明が記載され、この積層フィルムもしくはシートは適度なヒートシール性を有すること(公報第2頁左下欄第6~8行目参照)、基材フィルムとしては、紙、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、無延伸または2軸延伸ポリプロピレン、ポリテトラフロロエチレンなどが用いうること(公報第3頁左下欄第2~19行目参照)、この発明の積層フィルムはガス遮断性、防湿性等が優れ、かつ適度のヒートシール性を有すること(公報第4頁左下欄第6~11行目参照)も記載されている。

甲第4、5号証には、請求人が立証しようとする上述の[3]の(3)記載の内容が記載されているものと認められる。

[6]当審の対比判断

本件特許発明と、甲第1~3号証に記載された発明とを対比すると、甲第1~3号証には、本願発明の必須の構成要件であるフィルム密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下であるポリエステルフィルムについて記載されていないのみならず、甲第1号証に記載された発明は、輸液、輸血用袋である点、ポリエステルフィルムのヒートシール強度について記載されていない点で、甲第2号証に記載された発明は、中間層が接着層である点、ポリエステルフィルムのヒートシール強度について記載されていない点でも相違しており、本願発明を具体的に示唆する記載はないものといわざるを得ない。

請求人は、ポリエステルフィルムのフィルム密度が1.355g/cm3以下、フィルム面方向の屈折率の最大値が1.590以下である点について、甲第1、2号証のポリエステル又は共重合ポリエステル未延伸フィルムは、このような条件を満足すると主張しているが、甲第1、2号証に実施例等として具体的に記載されたポリエステルフィルムが、このような条件を満足するものと認めるべき理由はなにもないことを考慮すれば、請求人の主張は、甲第1、2号証に記載されたポリエステルフィルムが、単にこのような条件を満足する可能性があるというに過ぎないものであり、採用することはできない。

[7]以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許発明を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年8月25日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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